広島:PEACEと「神との対話」

最近広島に出かける用事があります。
それまで広島にはあまり縁がありませんでした。
一度だけ友人の実家が宮島に近いのでよったことがあるくらいでした。

一度訪れると長く滞在できるのであちこちでかけています。

平和公園にぶらっと散歩に行くことも多いです。

それにしてもやはり原爆ドームをみるたびに否応無くこころみ痛みや恐怖・不安がはしります。
自分で故意に何度も何度も呼び出してしまいます。
とてつもなく多くの命が一瞬にして失われかつとてつもなく多くの人の苦しみの上に
まさにその真上に今自分が立っているのですから・・・

平和記念資料館にも足を運びました。

悲惨でむごいはなし、情景は目を覆うものばかりです。
そして自分も子供をもち親という立場になったので小さな子供の命さえも多く失われたり
小さな子供まで苦しんで死んでいったという現実は耐えられません。

悲惨でむごいシーンを心の中で故意に何度も何度も再生してしまいます。
何度も何度も。。
しかしそのむごさを心の中で再生することはこの現実に対して自分が責任をとることになるのか?
一歩進むことになるのか?
そんなことを自分に問いかけますが答えは得られません。
奪われた全員の命が一瞬で痛みがなかったのならまだ少し気持ちが救われる気がしますが、何日も苦しんだ末に無くなった方も多くさらに、今もなお生ききながら苦しんでいる人もいるという現実はつらく悲しい。。

私が今、広島という土地に縁ができてよく訪れることになった意味は?
きっとこの原爆の被害という現実をより深く知らなくてはいけない。
知ろうとしている魂の導きがあるのでしょう。

しかしなぜ?こんなことがおきたのか
なぜ?自分はここに導かれているのか
なぜ?むごいシーンを何度も心の中で再生してしまうのか

答えが欲しい!
答えが欲しい!

そう思ってしました。
広島に滞在したのは2度目ですが今回はじめて資料館へ足を運びました。

帰ってきて読み続けている「神との対話2」をあけて愕然としました。

ヒトラーのアウシュビッツについてふれられていたのです。

大きな集団意識・不安やおそれ・エゴ、そういったものが形作った、生み出したものがそれだということ。
そう、それを生み出したのは私達自身であると言ってもらえて私はほっとしました。
過去の出来事ですが私に責任があるということは私が何かこれからの未来にそういったことが起こらないように何かできるということではないかと。。
広島も同じことが言えるだろうと考えました。
ああ、答えが少し見えた。。とありがたい気持ちになりました。
こうやってそのシーンを反芻しているだけではいけない。

しかしもう少し読みすすめてさらにびっくり。
具体的に広島のことについてふれられていたのです。

このタイミングに感動してしまいました。
そして真理への信頼感がもちろんましました。

そして今年は、
家族みんなで何か平和維持活動などに関する活動へ
参加したいなあ。

そんな気持ちになりました。
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by haneno | 2010-01-07 05:57 | 日記


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